「素人が撮った動画を番組にする」――今なら当たり前の発想だが、1985年の日本では家庭用ビデオカメラすら普及していなかった。 そこでTBSの制作陣が考えたのは、なんと視聴者にカメラを貸し出すという大胆な 夏になると新谷さんは面相筆を持ち、農作業の合間に一文字一文字を手描きし続けた。 創刊50周年記念プロジェクト ポパイフォントを作ったよ。 /後編
40代後半で新規事業を任されるも苦戦、社長に状況を聞かれて、思わず「競合との人員差」を口にした。 返ってきたのは「そんなのは言い訳だ」のひとこと。 その後、重要な仕事を任されなくなり挫折を味わうことに…